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 アルーシャ銃撃事件〜よみがえる勇敢な戦士〜

深い眠りに落ちた夜更け過ぎ、突如響き渡った闇夜を切り裂くほどのけたたましい金切り声で叩き起こされた。 眠け眼を必死に擦り、動転しかけている自分を必死に抑えつけ、一体何が起こったのかを探ろうとする。 眠りについていた記憶がゆっくりとフェードインしてきた。

ここはタンザニアのアルーシャにあるキャンプ場。
アフリカ第4の高さを持つメルー山の麓。天気が良ければアフリカ最高峰キリマンジャロを遠望できる。
昼過ぎに到着した俺は人気を避け静かな隅のほうにテントを張った。地球に寝転んで幾千もの星を抱く夜空をひっそりと眺めたかったからだ。
”ただ、感じる”それが日課となりつつあった。しかし、日が沈む直前、西洋人が主催する高級ツアーのジープが数台到着し、広いキャンプ場の中で何故か俺を囲むようにテントを張った。安らかなる空間を乱され、俺はふてくされ飯も食わないで7時ぐらいに寝てしまった。そして、今まさに不快な金切り声によって安らかな眠りを再び邪魔されたのたのだった。

そこがアフリカにあるキャンプ場のテントの中で、薄い布一枚隔てた向こう側で何か不吉な事が起こっている事だけはすぐに察知できた。見えないものから来る恐怖と不安に心臓は激しく高鳴り、細部に至るまでの血脈がドクリッドクリッと音を立てて体内を這っていくのを感じた。
その恐怖を拭い去ろうと入口のチャックを半分下ろし、外に出ようとした瞬間,,,,,,
”ズドゥォーーン.”
重く響いた銃声が汗ばむぐらいの生暖かい空気を一瞬にして凍りつかせた。再び先程の女性らしき金切り声が辺りに響き渡った。その直後、今度は男性のものであろう嗚咽とも何とも言い難い低いうめくような声が洩れてきた。俺は無意識に地面に這いつくばって、必死に自分の存在を消そうとした。張りつめた恐怖から身体は硬直し言うことを聞かない。全身の毛穴からじっとりと汗が噴き出してくるのを感じた。見えない恐怖と不安から一瞬”死”という完結が頭を過ぎり、全身に鳥肌が這った。
”すぐ近くにいる...”
焦り取り乱した男の荒い息遣いが聞こえる距離だ。始めて聞いたであろう銃声によって興奮し我を失った女は、自分の金切り声が相手をさらに不快にさせ挑発している事に気づいていないため、一層不快な金切り声をあげていた。銃声はその不快なものをかき消そうとするかのように断続的に響き渡る。
そんな中我を失いかけていた自分を正気に戻してくれたもの、それは鼻孔から脳天へ突き上げてくるような鋭い火薬の匂いだった。こんな緊迫した状況でさえ、それは落ち着きを与え、心が安らぐのは何故だろう。不思議なことに銃声もこれだけ聞くと何のリアリティーも無くなってくる。脳の持っている恐怖へのキャパシティーを超えてしまうと夢か幻想のような非現実的なものへと勝手に処理してしまおうとするからなのか。
この旅の中でも幾度となく聞いてきた銃声。イスラエルガザ地区でも、毎日のように鳴り響く銃声、上空を旋回するアパッチヘリのプロペラ音は次第に単なる雑音にしか聞こえなくなってしまった。

しつこく撃ち鳴らされる銃声。時折、銃弾が金属にあたり鋭い残響がこだました。心の中で叫んだ。
”どうか、俺のバイクに当たりませんように!”
テントの真横に止めてあるのは”バイクでアフリカを自由に旅してみたい”そんな幼き頃からの夢を叶えてくれた大切な相棒。全所持金の半分近くにあたる45万円も出して買った新車のオフロードバイクだ。もちろんタンクに銃弾が当たれば、一瞬にしてすべてのものは消し飛んでしまうだろう。

周りの状況を推測すると、外にいるのはライフル銃を所持した男2人、我を失い金切り声を発しつづける女、荒い呼吸に混じり嗚咽とも言い難いうめき声を漏らす男の4人である。
もうとっくに恐怖という回路は自動的にシャットダウンされ、冬眠をして春が来るのを待つ熊のようにただひたすら何かの到来を待っていた。
それは時の経過という終結ではなく、意外なところから現れた。何のリアリティーもないその世界に新たな登場人物が雄叫びに近い奇声を発しながら現れた。そして銃を所持する2人組と英語ではない何かで叫び合っていた。それがタンザニア、ケニア、ウガンダ辺りで話されているスワヒリ語だということはすぐ分かった。
新たな2人組は、相手の怒鳴り声も銃声をも呑みこむほどの奇声を発し、ひるむことなく強い口調で威嚇し続けた。新たな敵に戸惑ったのか、先程までの威張り散らすような口調はいつのまにか負け犬の遠吠えのように勢いを失い虚しく響くばかりとなった。 暫くの交戦の後、遠吠えと銃声は徐々に遠のいて行くように感じられ、辺りはすっかり元の静けさを取り戻していった。

一応の身の安全が保証されると、”救世主とは一体誰なのか?”ヒーロー番組に食い入る子供のような無垢な好奇心が一気に溢れ出してきた。
顔一つ出るぐらいにチャックを下ろし外を覗き込むと、向かいのテントのチャックの隙間から恐怖におののく顔がぴょこんと現れ、目が合った。”もう行った?””もう大丈夫だと思う。”そんなアイコンタクトが交わされ、硬直し引きつっていた彼の顔にわかり易いぐらいの安堵の表情が戻った。
”俺が見てくる”そう合図し、イモ虫のようにテントから這い出して暗闇で見たもの............

それは、左手には弓、右手には矢をつがえ、暗闇へ去って行った獲物を尚も威嚇し続けるマサイの後ろ姿だった。眼光は尚も闇へと突き刺さり消えた獲物を探し求める。褐色の背中に洗練された美しい筋肉が浮び上がる。

その昔、世界一美しい民族と称されたマサイ族は、すらっと背が高く、艶やかな褐色の肌に赤を基調とした鮮やかな布を身にまとうその賞賛に恥じぬ美しき民族である。
アフリカの雄大な大地を鮮やかな赤をまとったマサイが歩く。それは、まるで単色の世界に鮮やかな真紅の花を添えるよう。普段は穏やかな放牧民族でありながら、一昔前のライオンの狩猟が許されていた頃、マサイの結婚の条件、_強くて勇敢な男の証として槍やこん棒だけでライオンを仕留め村に持ち帰ってくる。そんな文化がマサイには受け継がれてきた。
しかし、最近になってライオンの狩猟が禁止され、多くの者が土地を奪われ、行き場を失って街に流出するようになった。街に出ても急速な文明の波についていく事が出来ず、酒に溺れる者、プライドを捨てて槍やこん棒をキュウやラケットに持ち替えてビリヤードや卓球などをしてただ時間を浪費する者など、誇り高きマサイの姿は失われつつあるように感じた。(ゲーム代を賭けて何度かマサイの青年とビリヤード勝負をしたが、腕に自信のない俺でさえ負けることはなかった。そういうところだけプライドの高いマサイは、何度となく挑戦してきてはことごとく玉砕していった。)
それでも一部の者は、必死で文明の波について行こうとスーツを着てコンピューターと睨めっこ。しかし、マサイの社会的地位は低く、どんなにスーツに身を固め街に紛れていようとも幼き頃に頬につけられたタコの吸盤のような傷跡、そして福耳を通り越して長くぶらーんと垂れ下がった耳ですぐに気づかれ、子供にさえ指差されて笑われる始末。
そんなもどかしいマサイを幾度となく見てきた。

しかし、その夜見た獲物を見据え暗闇の中凛々しく立つマサイは、ライオンと対峙する時の勇敢な戦士としてのマサイだった。
次第に周りのテントからも蒼白な顔をした人たちがナメクジのように続々と湧き出してきた。暫くの後、警察官が来て、今回の事件のことを説明し始めた。皆が寝静まった夜更け過ぎ、ツアーの旅行者を狙ってライフルを持った2人組がフェンスを乗り越え侵入して来た。一番手前に張ってあったテントを開け、寝ていた2人のカップルを起こし金目の物を出すよう銃を向けた。すると女が取り乱し、抵抗しようとしたため発砲された。災難にもすぐ隣にいた彼氏の方が撃たれてしまった。
なんと狙われたテントは俺のテントのすぐ隣り。一歩間違えば嗚咽とも言い難いうめき声を出していたのは自分だったかもしれない。
二人の勇敢なマサイはこのキャンプ場のセキュリティーだった。なんと銃に対してマサイは弓で果敢に対抗し、強盗を追っ払ってしまったのだ。深い暗闇の中でのマサイの目は脅威である。撃たれた男はすぐに病院へ運ばれた。その後聞いた話によると男は本国イギリスに緊急輸送されたが命に別条は無いとのこと。

それにしても、銃に対して弓で闘おうとするなんてアフリカらしくていい。
俺はますますアフリカが好きになった。

" Life is great journey. "
" Journey is great life. "

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