命の声が聞こえますか? パレスチナでの祈り
この文章は2003年3月イラク戦争が始まった同時期にイスラエルを訪れ,ジャーナリストでもない、ただの一旅行者としての僕が素直に感じたものです。
よく聞くパレスチナ問題。
パレスチナという土地をめぐってのアラブ勢力とイスラエル間の紛争。それに、宗教的なものや様々なものが絡み複雑化し、未だ和平の見通しが立っていない。ここに来るまで僕の知識はほとんどゼロに等しいものでした。世界平和を唱え、世界の危険地帯で活動なさっている日本山妙法寺のお坊さんの導きでパレスチナ難民キャンプでの援助活動する機会に恵まれました。聞いていた以上に深刻で僕の気持は ”知りたい” というものから ”知らなければならない” そうすぐに変わりました。
難民キャンプでの僕の仕事と言えば、パレスチナ人の交通を規制するためにイスラエル側が勝手に作ったチェックポイントで毎朝、子供達が学校に行くのを見届けることであった。
はじめ、ただ見守るだけのその仕事に何の意味があるのか理解できなかった。しかし、ただ存在する事、そのことに重要な意味があることをすぐに知ることとなった。それは、僕たちのような国際的ボランティアの存在がイスラエル兵による子供達への暴行を低減する役目があるからであった。
ボランティアの前での暴行はすぐに国際問題に成り得るからである。ただ通行証を見せ学校へ行くだけのことなのに、何時間も待たされ、運が悪いと難癖つけられ追い返されることもしばしば。文句を言えば容赦無い蹴りが飛んでくることさえあった。
ニュースでは流れて来ないそんな世界が目の前で行われていた。僕も、疲れているからとか、雨が降っているから、そんな理由で行かないわけにはいかなかった!そんな命に関わる重要な仕事だった!
ある朝、チェックポイントの雰囲気がいつもと違っていた。
それは、イスラエル兵の険しい表情や落ち着きの無い態度ですぐに感じ取れた。”いつでも臨戦体制”そんないつも以上の重く緊迫した空気が流れていた。
「何かあったの?」友人のモサップに尋ねると、彼は、「ちぇっ」と舌打ちでもするような苦い顔して今朝から始まったアメリカ軍によるイラクへの攻撃のことを話してくれた。戦争が始まれば、多くのジャーナリストがイラクへ流れ、世界の関心はパレスチナから遠のくだろう。その隙を狙ってのイスラエルによるパレスチナへの攻撃、それをパレスチナ人は恐れていた。
一方、イスラエル側は、イラクがイスラエルへ向けて生物ミサイルを飛ばしてくるのではないかと懸念していた。
街で見かけるユダヤ人は皆、ガスマスクを持ち歩いていた。背中に銃を背負い、足元にはガスマスクを置いて平和を祈る矛盾した人々をよく見かけた。
目が覚めると、いつもビクビクしていた、そして常に弱い自分と葛藤していた。この場から逃げ出したい気持ちが、波のように何度も僕の心に押し寄せた。怖かった。でも、それ以上に怖かったのは、今逃げ出してしまったら、”自分はすぐに忘れてしまうんじゃないか?”そんな情けない気持ちだった。
そして自分は逃げれても、モサップは、この人たちは逃げられないんだ!そう気づいたら逃げられなくなってしまった。
無関心だった自分が始めて直面した世界だからこそ知りたかった!
ある小雨の降る寒い朝、僕は寒さに身を震わせながら、いつものようにチェックポイントで子供達を見守っていた。すると、一人の小柄な少女が僕の方へと歩いてきて、首に巻いていたマフラーをそっと僕の首に巻いてくれた。彼女はアラビア語で「ありがとう」それだけ言うと、学校へと歩いていった。
気が付けばいつも、パレスチナの人々の優しさに救われていた。僕はこのパレスチナという土地で今まで受けたことがないほどのあたたかな優しさと無償の愛を受けた。いつも死と隣り合わせに必死に生きているパレスチナの人々。そんな人々が見せる笑顔がどうしてこんなに深くあたたかいのであろう。
生命の尊さや、人の痛みが本当の意味でわかる人々たちなのだろう。
ある時、いつも笑顔を絶やさないモサップが僕にこう言ったのを今でも鮮明に覚えている。
”息子は俺の目の前でイスラエル兵によって撃ち殺された。なぜ、俺達だけが!俺はいい、でも子供達が何をした!?俺達に生きる権利はないのか?”そう訴える彼の声は震えていた。
”君が見たこの世界をこの現状をできるだけ多くの人に伝えて欲しい!”
そう僕の手をぎゅっと握り絞めてくれた。今までいくつもの辛い場面を見つめてきた彼の目は涙で一杯だった。共にその土地に立ち、共に飯を食い、共に語った僕には、「苦しむパレスチナの人々」そんなふうに簡単に頭で処理できるものではなく、殺された息子の写真をいつも胸に抱いて、涙を流しながら微笑むモサップの顔をありありと思い出すことができる。
僕は日本で流れているパレスチナ問題に関する報道はイスラエル側に片寄っているように感じられます。
皆さんは、イスラエル兵による試し撃ちや、暇つぶしで子供達の尊い命が意味なく奪われていることを知っていますか?
自爆テロの報復として、夜になるとイスラエルの戦車が街に来て、子供達が寝ている家もろ共粉々に消えて無くなる。そんな現状を知っていますか?
もちろんイスラエル側にも主張がある。パレスチナ人による自爆テロで多くのユダヤ人は傷つき死んでいく。憎しみは繰り返され大きくなるばかり!それぞれに立場があり、遡ると複雑な歴史の上にこの問題がある。
世界中で迫害され、そしてナチスドイツによる大量虐殺の犠牲となった彼らユダヤ人。
ある意味では彼らも歴史の被害者なのだと思う。自分などが気楽に首を突っ込み、どうこう言える立場ではないことは充分承知しています。しかし、彼らユダヤ人の中にも、今のイスラエルはやり過ぎだと訴える人が多いことに驚かされました。
ユダヤ教とイスラム教,同じ神様を信じていながらどうしてお互いを否定し恨みあうのだろうか?ほとんど無宗教の僕達日本人には理解しがたいものがある。しかし,そんな中性的な日本人だからこそ,見えてくるもの、解決できるものがあるように思えてなりません。
何が善で何が悪ではなく、今、この瞬間、もう一つの世界が存在していることを、まず知ってください!
一人一人の無関心な心が、戦争を引き起こしている。そう言えなくもないのです!
” 愛の反対は無関心です ”
この現実を伝えていくこと、そしてそれを諦めないこと、それが僕がこの土地で受けた愛へのせめてもの恩返しだと思っています。
All Good Medicine ”素敵な事が起こりますように”

